キース・ヘリング


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キース・ヘリング

アメリカの芸術家、社会活動家 (1958–1990)

キース・ヘリング英語: Keith Haring, 1958年5月4日 - 1990年2月16日)は、アメリカ合衆国画家である。ペンシルベニア州レディング生まれ。

キース・ヘリング

  • Keith Haring

1988年

生誕 1958年5月4日
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ペンシルベニア州レディング
死没 1990年2月16日(31歳没)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ニューヨーク州ニューヨーク
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
著名な実績
影響を受けた
芸術家
署名
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ストリートアートの先駆者とも呼べる画家で、1980年代アメリカの代表的芸術家として知られる。シンプルな線と色とで構成された彼の絵は日本でも人気があり、キースの作品をプリントしたTシャツがユニクロスポルディング等から販売されることもあって広く知られている。

1980年ニューヨーク地下鉄構内で使用されていない広告掲示板に黒い紙を張り、その上にチョークで絵を描くというサブウェイ・ドローイングと呼ばれる活動を始めた[1]。そのシンプルな線でリズミカルに書かれた絵はニューヨークの通勤客の間で評判となり、キースの名が知られるようになった。

彼はロックバンドグレイトフル・デッドの熱心なファンであった(デッドヘッズ)。

ニューヨークの画商トニー・シャフラジの支持もあって、数回の個展を開催して知名度を上げる。その後、ニューヨークのマンハッタンシドニーメルボルンリオデジャネイロアムステルダムパリなどで壁画を製作するなど公共空間での活動を多く行なった。ベルリンでは、ベルリンの壁の有名なチャーリー検問所の壁に絵を描いている。

ジャン=ミシェル・バスキアアンディ・ウォーホルとも親交が深かった。

社会貢献活動を多く行ない、AIDS撲滅活動や恵まれない子供たちへの活動で知られている。特にキース自身がHIV感染者だったこともあり、作品を通じてHIV感染を防ぐメッセージを出すなどし、AIDS撲滅活動に積極的に関わった。Act Against AIDS(AAA)の最初のポスターを描いた。

彼の生涯最後の作品は、イタリアピサ中央駅そばの教会の壁にかかれた「Tuttomondo」。

1990年2月にエイズによる合併症のため、31歳で死去。

2012年5月4日、キースの生誕54年を記念して、Googleのホームページのロゴが「キース・ヘリング」バージョンとなった[2]

  • アムステルダム市立美術館で壁画を描くヘリング、1986年

  • アムステルダム市立近代美術館で壁画を描くヘリング、1986年

  • ヘリングの壁画、スペイン・バルセロナ

  1. ^ 布施英利『パリの美術館で美を学ぶ ルーブルから南仏まで』光文社、2015年、97頁。ISBN 978-4-334-03837-3
  2. ^ haring-12-hp.png”. google.com. 2012年7月19日閲覧。

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