グランドスラム・パリ2019


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グランドスラム・パリ2019は2019年2月9日から10日の2日間にわたって、フランスパリアコーオテル・アレナで開催された柔道の国際大会[1]

国・地域
1   日本 5 3 7 15
2   フランス 2 1 2 5
3   韓国 2 0 3 5
4   ジョージア 1 1 2 4
5   カナダ 1 1 0 2
  ドイツ 1 1 0 2
7   キューバ 1 0 0 1
  モルドバ 1 0 0 1
9   カザフスタン 0 2 1 3
10   イラン 0 1 2 3
11   アゼルバイジャン 0 1 1 2
  モンゴル 0 1 1 2
  スロベニア 0 1 1 2
14   コソボ 0 1 0 1
15   イタリア 0 0 2 2
16   中国 0 0 1 1
  ハンガリー 0 0 1 1
  イラン 0 0 1 1
  ポルトガル 0 0 1 1
  ロシア 0 0 1 1
  ウクライナ 0 0 1 1
  • 81㎏級準々決勝で世界チャンピオンであるイランのサイード・モラエイは、世界ランキング209位に過ぎないカザフスタンのラスラン・ムサエフに開始早々一本背負投で敗れたが、続く準決勝でイスラエルのサギ・ムキと対戦することを避けるための意図的な敗戦だったとの疑いがもたれている。モラエイはその後の3位決定戦でリオデジャネイロオリンピックで優勝したロシアのハサン・ハルムルザエフ小外刈で破った直後に右膝を負傷したというアピールをして医務室に向かったため、今大会で2位になったムキが待つ表彰台に姿を現すことはなかった。この一連の事態にIJF会長であるマリウス・ビゼールTwitter上で、選手がいかにして敗れたかを説明するのは容易なことではないので、注意深くこのケースを分析して、この問題の正しい解決方法を見出すように努めると述べた。その一方で、選手の望みと国の方針が齟齬を来たす場合、自身や家族の立場を考慮すればモラエイが国の方針に背くのはほとんど不可能だとの見解も示した[2]。なお、モラエイは2018年10月のグランドスラム・アブダビ準決勝でベルギーのマティアス・カスと対戦するも、開始早々に左足首を挫いたとして棄権負けになっていた。IJFからはこの件に関して、決勝でムキとの対戦を避けるためのモラエイによる虚偽申告だと判断されることはなかった[3][4]。2019年5月にIJFは、イランオリンピック委員会とイラン柔道連盟からオリンピック憲章及び差別を容認しないオリンピック精神を全面的に尊重するとの回答が寄せられたことを公表した。具体的な国名こそ言及されていなかったものの、イスラエルに対する拒絶方針の方向転換を意味することは明らかであるとしている。これにより、長年に渡って続いてきたイラン選手によるイスラエル選手への対戦拒否に終止符が打たれる形になったとIJF側は評価している。イラン革命以来、イランはイスラエルを国家として容認しておらず、スポーツの世界でも1983年にウクライナ(旧ソ連)のキエフで開催されたレスリングの国際大会において両者が顔を合わせて以来、イランはイスラエルとの対戦を拒み続けてきた。イラン柔道連盟の会長であるアラシュ・ミレスマイリは2004年のアテネオリンピックの初戦でイスラエルの選手と対戦することになったため、体重超過を理由に対戦を避けた過去を有している。なお、IJFは交渉の過程で、もしイランが態度を改めなければオリンピックを含めた国際大会へのイランの参加を禁止する揺さぶりをかけていたとも言われる。但しイランの一部メディアは、イランによるオリンピック憲章に対する尊重の表明はいつも通りのことであるとして、方針転換に対して懐疑的な見方を示している[5][6][7][8]。7月にイランオリンピック委員会会長のサイド・レザ・サレヒ・アミリは、イラン指導部の政策に従い、従来通りイランの選手がシオニスト政権下(イスラエル)の選手とは対戦しないことをIJF会長のビゼールに通知したと語った。シオニスト政権下(イスラエル)の選手との対戦は控えることがイスラム諸国の判断であり、現に20カ国の選手がそうしているという[9][10]
  • 今大会で地元のフランス男子は7階級に計27名も出場しながら、大会が始まった1971年以来初めてメダルを1つも獲得できずに終わった(女子は金2つを含めて5つのメダルを獲得した)[11]