マックス・マーティン


ウィキメディアプロジェクトへの貢献者

Article Images

マーティン・カール・サンドバーグ(Martin Karl Sandberg、1971年2月26日 - )は、マックス・マーティン(Max Martin)の芸名で知られるスウェーデン音楽プロデューサーソングライター

マックス・マーティン

2023年

基本情報
出生名 マーティン・カール・サンドバーグ
生誕 1971年2月26日(53歳)
出身地  スウェーデンストックホルム
ジャンル ポップダンス・ポップポップ・ロックロックR&B
職業 ソングライター音楽プロデューサー歌手
活動期間 1985年 - 現在
公式サイト www.maratone.se

ASCAPアワードで最優秀ソングライター、グラミー賞で年間最優秀プロデューサーを受賞している[1][2]

多くのヒット曲を輩出するヒットメーカーの一人であり、Billboard Hot 100においてプロデューサーとしては歴代1位の25作品、ソングライターとしてはポール・マッカートニーの32作品に次いで27作品が全米1位を獲得している(2024年時点)。

略歴

編集

1990年代中頃にソングライターとしてブレークする。初期のヒット曲には、バックストリート・ボーイズの「アイ・ウォント・イット・ザット・ウェイ」「ラージャー・ザン・ライフ」「ショー・ミー・ザ・ミーニング・オブ・ビーング・ロンリー」「エブリバディ (バックストリート・ボーイズ)」、ブリトニー・スピアーズの「ベイビー・ワン・モア・タイム」「ウップス…! アイ・ディド・イット・アゲイン」、セリーヌ・ディオンの「ザッツ・ザ・ウェイ・イット・イズ」、ボン・ジョヴィの「イッツ・マイ・ライフ」などがある。

1990年代後半から2000年代前半にかけては、ダンス向きのピアノ/シンセラーデン・ポップサウンドにファンクヘビーメタル、ユーロポップなどを混合した音楽スタイルが特徴であった。しかし、ケリー・クラークソンの2004年と2005年のヒット曲「シンス・ユー・ビー・ゴーン」「ビハインド・ジーズ・ヘイゼル・アイズ」あたりから、より重いロックサウンドが増えた。2009年からR&Bジャンルへも進出し、レオナ・ルイスリアーナアッシャーT.I.などのアーティストに楽曲を提供した。

2008年からは、ピンクの「ソー・ホワット」「レイズ・ユア・グラス」、ケイティ・ペリーの「ホット&コールド」「キス・ア・ガール」「ティーンエイジ・ドリーム」「カリフォルニア・ガールズ」、ケリー・クラークソンの「ウィズアウト・ユー」、ブリトニー・スピアーズの「スリー」「ホールド・イット・アゲインスト・ミー」と10曲の1位獲得楽曲を持っている。

2010年以降も、ケイティ・ペリーマルーン5テイラー・スウィフトアリアナ・グランデザ・ウィークエンドコールドプレイエド・シーランアデルリゾマネスキンなど多くのアーティストのソングライター、プロデューサーとして参加し、全米1位獲得曲としては「Roar」「Dark Horse」「We Are Never Ever Getting Back Together」「Blank Space」「Shake It Off」「Bad Blood」「CAN'T STOP THE FEELING!」「Can't Feel My Face」「Blinding Lights」「My Universe」などがある。

全米1位を獲得した楽曲

編集

マックス・マーティンがソングライターとして参加した楽曲のうち、Billboard Hot 100で全米1位を獲得した楽曲。共作含む。

太字はプロデューサーも兼任している楽曲。

脚注

編集

[脚注の使い方]

  1. ^ 2016 ASCAP Pop Music Awards”. 2020年1月22日閲覧。
  2. ^ videoolio vol.20: Max Martin ~注目のプロデューサーをビデオで紹介~”. 2020年1月22日閲覧。

外部リンク

編集

 

この項目は、音楽家演奏者作詞家作曲家編曲家バンドなど)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めていますP:音楽/PJ:音楽)。